「木からお酒を造る」──そんな夢のような試みが、現実になろうとしています。
エシカル・スピリッツとBar BenFiddichオーナーの鹿山博康氏が手がけるプロジェクト『WoodSpirits(ウッドスピリッツ)』は、世界初となる“木の酒”の製品化を目指しています。
これまで「木の酒」といえば、木樽で熟成させたウイスキーや、木のエキスを加えたスピリッツを指すことが一般的でした。
しかし、WoodSpiritsは木材そのものを粉砕し、発酵・蒸留することでアルコールを生み出すという、全く新しいアプローチ。
未利用の森林資源に新しい価値を与え、林業と蒸留文化をつなぐ挑戦として注目されています。
参考リンク:https://woodspirits.ethicalspirits.jp/
「木の酒」とは何か

WoodSpiritsが生み出そうとしている「木の酒」は、従来の“木の風味をまとったお酒”とは大きく異なります。
従来の「木の酒」
→ 木樽で熟成させたウイスキーやブランデー、木の樹液やオイルを加えたスピリッツ、ボタニカルとして木を使ったジンなど。つまり「木の風味を加える」方法でつくられてきました。
WoodSpiritsの「木の酒」
→ 木材を粉砕し、天然水と混ぜてスラリー状にする。
→ 酵母がその木材を分解・発酵できる状態をつくり、アルコールを生成。
→ そこから蒸留を行い、“木そのもの”を原料としたお酒が完成。
つまり、木が容器や香り付けの素材ではなく、お酒の主役=原料そのものになるのです。
世界的に見ても、木材から直接アルコールを生み出し、商品化を目指すのは初めての試みです。
WoodSpiritsプロジェクトの背景

このプロジェクトは、クラフト蒸留ベンチャー エシカル・スピリッツ と、東京・新宿のバー「BenFiddich」を営むバーテンダー 鹿山博康氏 が2021年に立ち上げました。
鹿山氏が、エシカル・スピリッツの蒸留責任者・山口歩夢氏に「森林総研が木の酒の技術を開発している」と紹介したことがきっかけ。
そこから森林総合研究所との共同研究契約、特許実施許諾契約を結び、特許技術のライセンス提供を受け、本格的に製品化に動き出しました。
森林総研が開発した技術は2018年に特許出願、2021年に権利化されたもの。
国家機関であるため販売はできませんが、エシカル・スピリッツが初のライセンス取得企業として、その研究成果を商品化に引き継いでいます。
エシカル・スピリッツはこれまでも、酒粕や余剰ビール、柑橘の皮、コーヒーかすなどを活用したクラフトジンづくりに挑んできました。
「隠れた才能をステージへ(Starring the hidden gem)」という理念の延長線上に、木材という新しい資源への挑戦があります。
参考リンク:https://ethicalspirits.jp/
木材をお酒に変える技術

WoodSpiritsの革新性は、木を発酵可能な状態に変えるプロセスにあります。
特殊なミキサーで木材を天然水とともに微粉砕し、クリーム状の「スラリー」に加工。
この状態にすることで、酵母が木材の繊維を分解できるようになり、糖化・発酵が進行。
そこからアルコールが生成され、蒸留によって新しいスピリッツが完成します。
穀物や果実を原料とするのが一般的なお酒づくりの中で、「木材を直接発酵させる」という発想は、まさに前例のない領域です。
未利用資源の活用と林業への貢献

このプロジェクトのもう一つの狙いは、日本の森林が抱える未利用資源の活用です。
間伐材、製材時の端材、林地に残された残材など、多くの木材は有効利用されずに処分されています。
これらは林業従事者にとって負担となり、持続可能な森林管理の妨げにもなっています。
WoodSpiritsでは、そうした木材を嗜好品として高付加価値化することで、新しい循環を生み出そうとしています。
一杯のグラスの裏に「森を守る仕組み」が隠されている──それがこのプロジェクトの意義だと考えます。
新しい蒸留酒カテゴリーとしての可能性

「木の酒」は、既存の蒸留酒カテゴリーには収まりません。
ジュニパーベリーを使わないためジンではなく、樽熟成を前提とするウイスキーとも違います。
つまりこれは、「木そのものを原料とする全く新しいスピリッツ」です。
お酒の歴史を振り返ると、ブドウからワイン、穀物からウイスキーや焼酎が生まれたように、新しい原料が新しい文化をつくってきました。
そこに「木」が加わることは、蒸留文化における大きな挑戦であり、新しい物語の始まりでもあります。
今後の展望

WoodSpiritsは現在、試作や展示を通じて“木の酒”の可能性を発信している段階にあります。
将来的には安定した生産体制を整え、ジンやウイスキーと並ぶ新しい蒸留酒カテゴリーとして確立することを目指しています。
エシカル・スピリッツが掲げる理念の通り、これまで活用されなかった資源に光を当てることで、新しい価値を生み出す。
「木の酒」は、その象徴的な挑戦です。
飲み手にとっては、これまでにない味わいとの出会いであり、同時に森を守る活動にもつながる。
一杯のグラスから広がる未来を、WoodSpiritsは示しているのです。
コメント